初めてのパーや、自身でも驚くような距離からのチップイン、会心のロングドライブ・・・
たとえ、奇跡のような好条件が重なったプレーでも、自分の手で生み出したことは確かで、うれしい記憶として残ります。ラウンド中や練習中に、その時の記憶の残像と手の感触が蘇るという人もいるかもしれません。
アマチュアである一般プレーヤーにとって、数字として残る記録はスコアです。どんなに素晴らしいショットを打ったとしても、データが記録されることは稀です。一方でプロともなれば、試合中の一つひとつのプレーが、客観的かつ明確な記録として残ります。そうした記録の中には、常人離れした記録も含まれています。その多くは、アマチュアでは近づくことすらできない大記録ですが、それが生まれた背景を深掘りしてみると、アマチュアにとって上達の参考になる情報も含まれています。
たとえば、プロゴルファーが試合中(ドラコン<ドライビングコンテスト>を除く)に出したドライバー最長飛距離記録は、1974年の全米シニアオープンでのマイク・オースチンによる515ヤードです。これはギネスブックにも記載されており、50年以上にわたって破られていない記録です。しかも、この飛距離を出した時のオースチンの年齢は64歳でした。何とロマンにあふれ、壮年期を迎えるゴルファーたちに勇気を与えてくれる記録でしょうか。この記録が偉大なものとして残っている要因は、年齢から想像しえない、並外れた飛距離だけではありません。記録が生まれた背景に、飛距離を伸ばすためのスキルを高め続けたという裏付けがあるからこそ、多くの人の心を捉えています。
マイク・オースチンは79歳で脳梗塞によって倒れるまで、300ヤードを超えるショットを維持していたといいます。同選手がパワーのある選手であることは疑いありませんが、「飛ばし」の秘訣は別のところにもありました。オースチンは、物理学、機械工学、生理学、精神医学、キネシオロジー(運動機能学)の学位を取得した異色の選手として知られています。さらに、身体が持つ力を無駄なくボールに伝えるスイングで、身体の使い方を科学的に分析し、自分にとっての正しい練習法を導き出し、日々鍛錬していました。
私たちは、記録として残された飛距離と年齢だけに驚きがちですが、50年以上も破られない世界記録は、データに基づく合理的な努力を続けてきたオースチンだからこそ出せた記録です。
近年、プロゴルファーの世界では、試合中や練習中の1打1打のデータを多角的に収集・分析する環境整備が急速に進んでいます。
特に米国は、スポーツでのデータ活用の先進国です。PGAツアーでは「ShotLinkシステム」というデータ収集システムを使っています。このシステムにより、すべてのプレーヤーによる全ショットのデータをリアルタイムで収集し、Webサイト上で公開しています。このデータを見れば、どの選手が、どのようなショットを打ち、コース内のどこからどこまでボールを運んだのかが一目瞭然です。収集されるデータの詳細化が進んだことにより、プレーヤーの実力を客観的に計測し、コースマネージメントや、より良い練習法の探求に活用するための情報が、効果的に得られるようになりました。
これまで各プレーヤーのスタッツ(個人成績)を示す指標には、フェアウェイキープ率、パーオン率、パット数といったものがありました。ところがこうした指標は、よいスコアを安定的に出す各プレーヤーの実力を直接示すものではありません。たとえば、パット数が少ないのはピンへの寄せが上手く、そもそもパットの距離が短いからかもしれません。また、スコアを良くするために、どのショットをどのように改善したらよいのかを見定めるための情報も得られませんでした。フェアウェイキープ率が悪くても、アプローチが上手ければスコアは良くなるため、ティーショットとアプローチのどちらを磨けばスコアメイクに効果的なのか、判断は困難でした。
そこで、現在は上記のような問題を解決する、より実践的な指標が出てきています。その指標は、PGAツアー中継の解説でよく聞く言葉「ストローク・ゲインド(Stroke Gained:SG)」です。SGとは、端的に言えば、その選手のショットの質を相対評価した指標であり、全選手の平均打数に対して“稼いだ打数(または損した打数)”を算定したものです。ラウンド全体を対象にしてSGを算出すると、選手の実力が明確にわかります。また、ティーショットやアイアンショット、パッティングなど、ショットの種類別にSGを算出すれば、“稼いだ打数”という同じ価値観のもと、どのショットが得意で、不得意なのかがわかります。
そこで米国を拠点にプレーするプレーヤーやコーチ、キャディーは、より良い試合運びの戦略を考え、より効果的な練習法を探るためのヒントを見出すためにSGを参照しています。
SGは、コロンビア大学ビジネススクールのマーク・ブローディ教授が開発した指標です。これは、ゴルフとビジネスそれぞれの方法論に高い親和性があることを示しています。
企業経営者は、財務諸表に記された数字を基に、収益性・安全性・生産性・成長性・効率性などを判断できる指標を算出し、課題抽出や戦略策定に役立てています。SGは、企業経営と同様の発想に基づいて、ゴルフにおいてもデータを活用できるようにしたものです。
ただしSGは、多くのボランティアがゴルフ場を駆け回ってショットのデータを収集することを前提としたShotLinkシステムで、収集可能な詳細データを基に算出しています。したがって、現時点ではアマチュアのラウンドで算出して活用することはできません。それでも、ゴルフ場のコースデータをデジタル化して公開するところが増えており、加えてゴルフ用のレーザー距離計やGPSナビゴルフなど情報機器も普及してきています。こうしたデータがビッグデータとして蓄積され、共有されれば、アマチュアでもSGのような有用な指標を記録として保有し、活用できる未来が実現するかもしれません。
マイク・オースチンと同様に、データに基づく合理的な努力ができる環境が整えば、さらに多くの記憶に残るプレーが生まれることでしょう。