ERP導入における要件定義の手順と失敗しないためのポイント
企業でERPを導入する際、最初に行うのが要件定義です。要件定義とは、システム開発や導入前にユーザーの要求をまとめ、構築・導入するシステムの仕様やプロジェクトの具体的な進め方を決めることを指します。
適切な要件定義を行うことは、企業の業務プロセス改善や効率化を実現することにつながります。
しかし、要件定義で失敗してしまうと「システムの機能不足」「予算の超過」「プロジェクトの遅延」「システム改修コストの増加」などの問題が生じる可能性があります。要件定義の失敗がERP導入の失敗に直結すると言っても過言ではありません。
そこで本記事では、ERPの要件定義の目的や手順、要件定義で失敗しないためのポイントについて解説します。
INDEX
ERPの概要
ERPとは「エンタープライズ・リソース・プランニング(Enterprise Resource Planning)」の略であり、企業のあらゆる業務プロセスを一元的に管理するためのシステムです。
ERPは、企業のさまざまな部門(財務、人事、生産、物流、販売など)の業務を統合的に管理し、最適化を図ります。また、ERPを利用してさまざまなデータを収集して分析することは、経営戦略の立案や意思決定の支援にも役立ちます。
数あるERPパッケージの中で、世界で最も浸透しているのが、SAP社のERPです。SAP ERPは「受注・販売管理」や「在庫管理」「生産管理」「財務管理」といった基幹業務システムから「人事・給与管理」や「経費精算」「固定資産管理」「プロジェクト管理」「管理会計」「顧客管理」「予算管理」など、幅広い業務領域をカバーしています。
近年では、高速データベースをプラットフォームとした次世代ERPシステム「SAP S/4HANA」もリリースされています。
参考記事
- SAPとは SAPは、「経営・業務の効率化」や「経営の意思決定の迅速化」を実現することを目的に、多くの企業で導入されているITソリューションです。このITソリューションにより、企業の経営資源である「人・モノ・カネ」の情報を一元で管理ができ、そして経営の可視化を実現できます。本コラムでは、SAPについて詳しく解説をしていきます。
- ERPとは?基幹システムとの違いや導入形態・メリットと導入の流れを解説 ERPパッケージとは、企業の基幹業務の統合化を図るERPを実現するソフトウェアです。ERPを導入することで、業務の効率化やコスト削減といったメリットを得られます。もちろんデメリットもあります。本コラムでは、ERPパッケージについてまとめ、導入を実現するためのポイントを分かりやすく解説します。
ERP導入の要件定義
ERPの導入は、企業にとって大きな投資であり、労力を必要とする重要な決定です。そのため、導入前に必要な機能や要件を明確に定義することが重要です。
はじめに、要件定義の意味とERP導入における要件定義の目的について説明します。
要件定義とは
要件定義はシステムの開発や導入前に行われる工程の1つです。
要件定義では、ユーザーの要求をまとめ、これから構築・導入するシステムの仕様やプロジェクトの具体的な進め方を決めます。<>システム開発のゴールはユーザー側の要求を実現することです。要件定義を明確にしなければ、ユーザーの求める結果が得られない可能性があります。
また、開発がやり直しになればその分のコストと時間が無駄になってしまう場合もあります。
そのため、開発をスタートする前にユーザーの要求を基にシステムに実装する機能や性能などを定義し、具体的に開発をどのように進めていくかを決めることが大事です。
ERP導入における要件定義の目的
要件定義では、ERPが実装すべき機能や満たすべき性能などを明確にしていきます。
ERP導入における要件定義の目的は、企業の業務プロセスに合わせて実装する機能の範囲を定義し、ERPの導入に向けた基盤を整えることです。
具体的には「業務プロセスの明確化」「システムの品質向上」「コスト削減」「スケジュール管理」といった目的があります。
業務プロセスの標準化とは
企業の業務プロセスを最適化するために、ERPがどのような業務をサポートする必要があるか明確にします。
システムの品質向上
システムがどのような要件を満たす必要があるかを明確にし、それに基づいてテストや検証を行います。
コスト削減
要件定義で業務プロセスを選別し、必要な機能だけを導入することで、ERPの導入コストを削減します。
スケジュール管理
ERPの導入に必要な期間やスケジュールを把握します。これにより、プロジェクトのスケジュール遅延を防止します。
ERP導入における要件定義書
要件定義の最終的な成果物は、「要件定義書」と呼ばれる文書です。要件定義書を作成することで、システム開発におけるクライアントと開発者の認識のずれを防ぎます。
以下では「要件定義書と要求仕様書の違い」と「要件定義書の内容」について説明します。
要件定義書と要求仕様書の違い
「要件定義書」と似ているものに「要求仕様書」があります。要件定義書と要求仕様書の違いは以下の通りです。
要件定義書とは
要求仕様書とは
要求仕様書は、クライアントが求めていることを「要求」として、それに関連した「仕様」をまとめた文書です。
要求仕様書は、開発の結果得られる機能をまとめたものであり、技術的な要件を含みません。あくまでもクライアント側の希望をまとめたものであり、予算や開発体制、リリース時期などの記載が主で、具体的な実現方法に触れられていない場合がほとんどです。
要件定義書の内容
要件定義書は、プロジェクトの初期段階で作成される文書です。クライアントの課題を明確にし、その解決手段となるシステムの完成イメージを共有するために作成します。
ERP導入の要件定義書には、以下のような内容を記載します。
ERP導入の目的
ERPを導入する目的や背景、導入後に期待できる効果などを記載します。
現状を具体的にまとめることで、プロジェクトを進める上での共通見解をプロジェクトメンバーと共有できます。プロジェクトに支障をきたすような見解の相違を生まないためにも、必要な内容です。
ERP導入のメリット
ERPを導入することによってプラスになる面や、目標などを具体的に記載します。作業工数20%削減など、具体的な数値で記載します。
システム概要
システムの概要や機能、対象範囲などを記載します。システム概要には、ERPを運用するために必要なハードウェアやソフトウェア、ネットワーク環境なども含まれます。概要だけでなく、バージョンなどの細かな要素に関しても項目を立てて、簡潔に記載する必要があります。
機能要件
ERPが必要とする機能要件を洗い出し、詳細に記載します。
例えば、ERPには会計機能、在庫管理機能、生産管理機能、人事・給与管理機能、営業管理機能などの機能があります。
ERPによって実現する具体的な機能はもちろん、クライアントから要求されている機能を詳細に表記します。また、どのような項目が入力できるのか、制限はついているのか、出力できる項目や連携できるソフトウェア、印刷できる内容なども表記する必要があります。
文章だけではわかりにくい場合は、画像などを用いてイメージしやすいようにします。
その他要件
その他に導入時期、予算、導入手順、導入後の保守・運用体制などERP導入に必要な要件や条件を記載します。保守や引継ぎを行うことも考慮して、対応しているOSなどのシステム面や、拡張性についても記載します。
要件定義が不十分な場合の問題点
日本情報システム・ユーザー協会の調査※によると、システムの導入時に、品質、コスト、納期に影響する事象が発生する原因の多くは、要件定義にあると報告されています。
要件定義が不十分な場合、ERP導入時に「システムの機能不足」「予算の超過」「プロジェクトの遅延」「システム改修コストの増加」といった問題が生じる可能性があります。
※出典元:ソフトウェアメトリックス調査【システム開発・保守調査報告書】2020年 こちら
システムの機能不足
ERPに求められる機能や特性が十分に定義されていない場合、導入したERPが必要な機能を持たず、企業の業務プロセスをサポートできないことがあります。その結果、業務プロセスが停滞し、生産性が低下する可能性があります。
予算の超過
要件定義が不十分である場合、導入に必要なコストを正確に見積もれません。その結果、予算不足によりERPの導入が中断されることがあります。
プロジェクトの遅延
要件定義が不十分である場合、システム導入に必要な作業が進まず、プロジェクトの遅延が発生する可能性があります。プロジェクトのスケジュールに大きな影響を与えるため、要件定義に十分な時間をかけ、不十分な部分がないか確認することが重要です。
システムの改修コストの増加
要件定義が不十分である場合、システムが要求を満たさないことが判明し、改修が必要となることがあります。開発が進んだ段階で認識のずれがわかると、改修作業に多くの時間がかかり、追加費用やスケジュールの遅延が発生してしまいます。
ERP導入における要件定義の手順
要件定義の進め方には明確なルールがないため、プロジェクトによって多少手順が異なることもあります。ここでは、要件定義の大枠の手順を紹介します。
目的の明確化
まずはERPシステムを導入する目的を明確にします。目的は、業務プロセスの改善、コスト削減、顧客サービスの向上など、企業によって異なります。ERP導入の目的を正確に把握しなければ、どのような機能を搭載するか判断できません。
たとえば「他部署と連携が取りづらい」など、各部署が抱える課題を可視化し、その課題に対してERPがどのようにアプローチできるか整理します。
目的を明確にすることで、要件定義の焦点を定め、不必要な機能を排除することにもつながります。
また、要件定義でよく起こる問題が、ERPの導入自体が目的となってしまうことによる失敗です。ERPを導入しても業務で活用できなければ意味がありません。「何のためにERPを導入するか」に重点を置いて検討し、導入の目的を明確にすることが大切です。
要件の整理
ERPシステム導入の目的が明確になったら、要件を細分化し、実現できる内容か整理していきます。
ユーザーの要求がすべて実現できるとは限らないため、システム開発会社はユーザーと話し合いながら、実現したい機能に優先順位を付けていくことが大事です。
システム開発時の要件は、大きく「必須要件」と「希望要件」の2つに分かれます。必ず実現したい要件を必須要件、できれば実現したい要件を希望要件に分けることで、ユーザーの要件を整理していきます。
要件仕様に落とし込む
整理した要件をもとに、ERPパッケージに求める機能などを文書化し、まず「要件仕様書」にまとめます。
文書化することにより要件が明確になり、ユーザー、開発者、プロジェクトマネージャーなど、すべての関係者が同じ情報を共有できます。ERP導入の基盤となる要件定義書には、全体から詳細まで矛盾がないように作成することが重要です。
また、要件定義書はユーザーも確認するため、開発の知識がない人でも理解できるように専門用語をできるだけ使わず、わかりやすくまとめることも大事です。
要件定義の打ち合わせ
システム開発会社と打ち合わせし、要件を理解してもらいます。打ち合わせでは議題を明確にし、ERPを利用する部門など関係のあるメンバーが参加することが大事です。ERPを利用するメンバーの意見を確認しながら進めることで、要件の抜け漏れやブレを防げます。
Fit & Gap(フィット&ギャップ)分析
次にシステムと企業の要件がマッチしているかを分析します。
Fit & Gap分析とは、要件を明らかにするための手法です。Fit(合致)とは、システムが企業の要件を満たしていることを意味します。Gap(ギャップ)とは、システムが企業の要件を満たしていないことを意味します。具体的な進め方は以下の通りです。
- 現状のシステムの機能を洗い出す
- 現状のシステムと新しいシステムを比較して差異を確認する
- アドオン開発やカスタマイズが必要か検討する
Fit & Gap分析では、ERPパッケージが備えている標準機能と企業の業務課題を比較し、その差分を明確にします。差分を明確にすることで、どこまでを標準機能でカバーでき、アドオン開発やカスタマイズがどれだけ必要かが見えてきます。
近年では、Fit to Standardという考え方も注目されています。
Fit & Gapが業務に合わせてERPをカスタマイズするのに対し、Fit to Standardは追加でアドオン開発を行わずに業務内容をERPの標準機能に合わせます。Fit to Standardには、以下のメリットがあります。
要件定義書のレビュー
要件定義書が完成したらレビューを実施し、クライアント側と開発側の認識に齟齬がないか確認します。要件定義書のレビューにはシステム部門だけでなく、要件定義の打ち合わせに参加した利用部門のメンバーも含めます。
参考記事
- Fit to StandardアプローチによるERP導入とは? 「Fit to Standard」とは、業務内容をERPに合わせて導入していく手法で、近年注目を集めています。従来のERPを業務に合わせ導入し、運用する手法とは異なり、このような変化の激しいビジネス環境において柔軟に迅速に対応が可能です。本コラムで詳しく、分かりやすくご紹介します。
ERPの要件定義で失敗しないためのポイント
要件定義の失敗は、ERPの導入や運用の失敗にもつながります。以下では、要件定義で失敗しないためのポイントについて解説します。
目的の明確化
ERP導入の目的は、既存のシステムを連携させ、業務を効率化することです。
導入そのものが目的になってしまうと、業務改善が行われない可能性があります。そのため、要件定義ではまずERPを導入する目的やゴールを設定することが重要です。
業務フローや要件の文書化
要件定義の最初のステップは、業務フローや要件を詳細に文書化することです。
このプロセスは、企業が導入するERPシステムに必要な機能を特定するために必要です。書化された要件は、ERPがどのように機能するかを理解するための基盤となります。文書化は、ユーザーやシステム開発会社間で共通の言語で話し合い、齟齬を避けるために重要です。
ERPを利用する部門の協力
要件定義には、ERPを利用する部門の協力が必要です。
ERPを利用する部門の声を聞かず導入を進めてしまうと、本来必要な機能が満たされていない、既存の業務フローを大きく変更しなければならないなどの問題が発生する可能性があります。そのため、要件定義はERPを利用する部門が抱えている課題をヒアリングした上で進める必要があります。
実際の業務にマッチしないシステムを導入してしまうと、現場からの「使いにくい」「使えない」などといったクレームにつながります。最悪の場合、導入失敗と評価されかねないため、現場の業務を深く理解するメンバーの参画は非常に重要です。
必要な機能の選択
ERPには、さまざまな業種や企業に対応するためカスタマイズ可能な機能が多数用意されています。しかし、カスタマイズの増加はシステムの複雑化やメンテナンスの負荷を増加させる可能性があります。必要な機能と余計な機能を区別し、必要な機能だけを選択することが重要です。
SAP社が提供するERPシステムの要件定義を簡略化するには
SAP ERPは世界的に広く使われているERPシステムの1つです
SAP ERPの最新バージョンであるSAP S/4HANAは、2015年にリリースされた次世代ERPパッケージです。近年注目を集めるAIに対応した機能が備わっており、機械学習や予測分析機能によって、商品の在庫消費予測や契約数量の予測を行うことも可能です。
また、SAP S/4HANAはオンプレミス/クラウド環境の両方に対応しています。AWS、Microsoft Azure、Google Cloud上に構築することもできるため、さまざまなクラウド環境で稼働するデータを統合し、データ活用のゲートウェイとして運用することも可能です。
SAP S/4HANAでは、テンプレートを利用し、カスタマイズを最小限に抑えることで、要件定義を簡略化でき、迅速かつ効率的にERPを導入できます。
テンプレートを活用する
SAP S/4HANAには、事前に設計された業種や業務領域に合わせたテンプレートが用意されています。
これらのテンプレートを活用することで、自社のニーズに合わせたERPを素早く設計することができ、要件定義にかかる時間と労力を削減できます。
カスタマイズを最小限に抑える
SAP S/4HANAには、多くの標準機能が提供されています。これらの機能を活用し、必要なカスタマイズを最小限に抑えることで、要件定義にかかる時間と労力を削減できます。
参考記事
- SAP S/4HANAとは? SAP S/4HANAとは、SAP社が提供する次世代のERP製品です。本コラムでは、SAP S/4HANAの概要をはじめ、その機能やメリットなどを詳しく解説します。
まとめ
ERPの要件定義の目的や手順、要件定義で失敗しないためのポイントについて解説しました。
ERPを導入する際、最初に行うのが要件定義です。要件定義ではユーザーの要求をまとめ、導入するERPの仕様やプロジェクトの具体的な進め方を決めます。
要件定義が不十分だと「システムの機能不足」「予算の超過」「プロジェクトの遅延」「システム改修コストの増加」などの問題が発生し、ERP導入が失敗してしまう可能性があります。そのため、要件定義では「ERPを導入する目的を明確化する」「ERPを利用する部門の協力」「必要な機能の選択」などの事前準備が重要です。
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